モニッシュ・パブライ①~エンジニアから起業家、そして投資家へ

こんばんは、こばいんです。

前回取り上げた「ダンドー」の著者であるモニッシュ・パブライについてフォーカスを充ててみます。

エンジニアから起業家、そして投資家へ

モニッシュ・パブライがバリュー投資家になるまでの道のりは結構ユニークな印象です。

1964年、インドのムンバイに生を受けたモニッシュ・パブライはアメリカのクレムゾン大学でエンジニアリングを専攻します。

大学を卒業後、自身のバックグラウンドを活かせるキャリア向け通信機器世界大手であるテラブス社(Tellabs)で数年ほど働きながら、その後、トランステック社(TransTech)というITコンサルタント会社を起業します。

トランステック社を売却後の1999年、過去のバフェットパートナーシップの原型をモデルにしたパブライ・インベストメント・ファンドを創立します。

エンジニア→起業家→投資家というキャリアの変遷をたどっています。

低い自己評価からの目覚め

自分に自信がなかったと振り返っています。実際、小学校低学年時の成績は70人中67位と低く、自信がない→努力しない→成績が下がる→自信がない→…、といった悪循環に陥っていたそうです。

そのような状況が数年間続いていたある日、

IQテストを実施したところ、なんと彼は1番の成績を取ります。

驚いた彼は何故自分が好成績を取ることができたかを問い合わせたところ、次のように告げられたそうです。

”I was smart but I was not applying myself.”

つまり、頭はよいけど精進していなかったわけです。

そこで彼は目覚め、努力を重ねぐんぐんと成績を上げていきました。

元々パブライが優秀だっただけだろうと片付けることもできますが、自分に自信を持ち努力することの大切さを教えられます。

10代でMBAを終了!?

パブライの大学時代の話です。

上で触れているとおり、彼はエンジニアリングを専攻していましたが、ビジネスにも興味がありビジネススクールで授業を取っていました。

そこで、彼は会計やファイナンスなどの科目において他の学生を圧倒的に上回る成績を残しました。ビジネススクールの教授からはエンジニアリングスクールからの転籍を奨励されたほどでした。

何故エンジニアリング専攻の学生(しかも学部時代)がビジネススクールの学生たちをアウトパフォームできたのでしょうか。

彼に言わせれば、他の学生より飛び抜けて優秀だったのではなく、自身の10代の頃の経験が大きかったようです。

パブライの父親はインドを中心に10数社の企業を設立し、倒産も経験した起業家でした(今で言うところのシリアルアントレプレナーに当てはまるのでしょうか)。

パブライは子供のころから父親から受ける教えはもちろんですが、実際に家族とともにビジネスを維持・成長させるためにはどうすべきかを考える日々を過ごすこととなりました。

10代の多くの時間をそのような環境のもとで過ごしたパブライは、大学に入学する時点でMBAと同等かそれ以上の経験を身につけることができたわけです。パブライ曰く、脳が一番発達すると言われる青少年期での体験が非常に重要となるそうです。

確かに、ウォーレン・バフェットも幼い頃からコーラやガムの売り子をしたり、ゴルフボールを集めて安く転売したりと、様々なビジネスに挑戦していったことで嗅覚を磨くことができたのでしょう(耳が痛い)。

起業家から投資家へ

ビジネススクールで圧倒的なパフォーマンスを残していたパブライですが、当時はビジネスよりもエンジニアリングに興味があったため、その方面へ進みます。

クレムソン大学卒業後、イリノイ工科大学院に進んだパブライは、テラッブス社(Tellabs) に技術者として勤務しながら起業の準備に取りかかり、1990年にトランス テック社(TransTech)を起業するために退職します(大学院も中退)。

トランステック社はテラッブス社が手本となっており、1999年には従業員数200人を雇用する年商3000万ドルの企業へと成長させました。

その頃ピーター・リンチの本を読んでいるときにウォーレン・バフェットの名前を偶然にも目にします。そこで大きな衝撃を受け、投資の世界に足を踏み入れる決心をします。そのときの心境を次のように語っています。

My decision to sell my company and to start investment partnerships was not driven by greed for money; it was because I realized my true calling.

投資パートナーシップが天職だと感じた彼はトランステック社を売却し、自身の投資ファンドをスタートさせます。そこで彼が参考にしたのがウォーレン・バフェットとそのパートナーであるチャーリー・マンガーでした。

彼らのモデルが納得いくものだと感じたパブライは彼らの手法をクローン化しました。

以下にパブライが師匠である二人から得たポイントのいくつかを列記します。

  • バフェットパートナーシップと同じ手数料体系
  • 理解できるビジネスに投資
  • アナリストを持たず自身で分析する
  • 投資対象は堀を持つこと
  • 安全域を保つ

そして、今では「次代のウォーレン・バフェット」や「ウォーレン・バフェットのクローン」と呼ばれるほどの熱心なバフェット信者となっています。

2007年にはウォーレン・バフェットと会食する権利を友人であるガイ・スピアと共同で手に入れており、次回はこの会食を中心に記事を書きたいと思います。

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