ガイ・スピア①~アカデミックエリートがどん底に落ち、再起するまで

こんばんは、こばいんです。

前回バリュー投資家であるガイ・スピアの紹介ならびに彼の著書について触れました。

今回は、邦題にある例のパワーワード「勘違いエリート」の部分にフォーカスを充てたいと思います。

   

勘違いエリートがバリュー投資に出会う前

スーパーエリート~英米のトップ校へ進学

ガイ・スピアは大学はオックスフォードで経済学(首席)を学び、その後ハーバードビジネススクールに進学してMBAを取得しています。

学歴だけで評価するものではないかもしれませんが、世界でも有数の名門校であるオックスフォード大学だけでも十分凄いのに、そこからさらに同じくアメリカが誇る名門校のハーバード大学に進学するわけですから、とんでもないです。

スーパーエリートと言っても過言ではないでしょう。

なお、大学時代には前英国首相であるデービッド・キャメロンと同窓だったようです。

書籍によれば、このときのスピアは効率的市場仮説などの経済理論に傾倒しており、現実世界に対する問題解決についてあまり注力していませんでした。

この頃のスピアはバリュー投資とはまるで正反対の観点で物事を捉えており、書籍では次のように語っています。

マーケットが効率的ならば、割安株を探すことなど無駄だと思っていたのだ。

それを裏付けるエピソードとして、彼がハーバードビジネススクールにいた際にバリュー投資の中興の祖とも言えるウォーレン・バフェットが来訪しようとも全く興味を示さなかったようです。

後に敬愛する人物に対して当時の彼が抱いた印象は次のとおりです。

しかし無知で傲慢な私は、すぐにただの幸運な投機家だと切り捨てた。

しかも、バフェットの講演中に彼の頭の中にあったのは気になっていた女性のことであり、肝心の講義については、以下のように記しています。

バフェットの講演中は席にもついておらず、彼の言葉も一言も覚えていない。

もうボロクソです。笑

D・H・ブレアに就職~思ってたんと違う!

ハーバードビジネススクールにてMBAを取得後、彼は投資銀行であるD・H・ブレアで働き始めます。

ここまで見ると非常に順風満帆に見えるのですが、実際のところは真逆で上記の本でも語られていますが、ここで窮地に追い込まれます。

他の多くの学生と同様に、ガイ・スピアも大いなる野望に突き動かされていました。映画「ウォール・ストリート」のゴードン・ゲッコーのように世界を征服したいという傲慢で自惚れていたと本人も語っています。

D・H・ブレアでの就業環境は彼個人の価値観や倫理観とはかけ離れていることに少しずつ気づいていきます。

D・H・ブレアはベンチャーキャピタル向けの融資を得意としていたわけですが、本当に実用的な技術や革新的なアイデアで成功するものは極めて稀です。しかし、スピアの語るところによれば、D・H・ブレアは成功確率は度外視で投資先を探してきて何も知らない一般投資家に期待させて売るということをビジネスとして行っていました。

会社を辞めるという決断を取れたのかもしれませんが、当時のスピアは敗北を認めたくないという思いからその選択をせず、D・H・ブレアでの仕事を続けていきます。

しかし、それも長くは持たず1年半後にD・H・ブレアを去ることとなりますが、当時を振り返って次のように語っています。

D・H・ブレアでの経験は、この会社を辞めてから何年もの間、洗っても落ちない汚れのように私のなかに残った。

一方で、次のようにも語っています。

D・H・ブレアでの失敗が、私のバリュー投資家としての学びの大きな部分を構成していることは間違いない。

このように、D・H・ブレアでの経験はガイ・スピアにとって一つの大きなターニングポイントだったと言えるでしょう。

バリュー投資との出会い

バリュー投資に傾倒、特にウォーレン・バフェットに夢中

ガイ・スピアがバリュー投資と出会ったのはD・H・ブレアでの仕事に嫌気が差し鬱々とした日々を送っていた頃だと言っています。

仕事を抜け出して公園でチェスをしたり、本屋で興味のある本を探して読みふけります。そこでバリュー投資のバイブルとも言われるベンジャミン・グレアムの「賢明なる投資家」に出会います。

書籍によれば、実際にベンジャミン・グレアム式の「ネットネット」株によるポートフォリオを組み立て、株価を追っていたところマーケットを上回るパフォーマンスを上げたそうです。経済学・ビジネススクール・投資銀行と言ったバックグラウンドがある彼にとって、一度方針を定めれば結果が出た、といったところでしょうか。もちろん、いろいろと努力されたのかとは思いますが…

さらに、ウォーレン・バフェットの伝記である「ビジネスは人なり 投資は価値なり ー ウォーレン・バフェット」を読み、ウォーレン・バフェットに魅了されます。どん底から抜け出し、彼に近づきたいという思いからバリュー投資家への大きな一歩を踏み出したというわけです。

バークシャー・ハサウェイの年次報告書を読みふけり、バフェットの投資戦略を自分の中に取り入れ、終いには物事をバフェットの視点で考えるようになるまでに至ります。「この場合、ウォーレン・バフェットならどうするだろうか」と言った具合に。

アクアマリン・ファンド、始動

バリュー投資にすっかり魅入られたガイ・スピアは株式アナリストとして働くことを望んでいました。

しかしながら、職探しは思った以上に難しかったようで、採用段階の途中まではある程度は突破できたものの、最終的に職を得るところまでは辿り着けなかったようです。せっかくのエリートの肩書きもD・H・ブレアでの経歴が引っかかってしまったのでしょうか。

落胆していたガイ・スピアですが、思わぬところから声がかかります。

それは、彼の父親からでした。

父であるサイモン・スピアは自ら会社を興し、小さいながらも成功していたそうです。そして、息子を信じて100万ドルほどの資金を託しました。

その後、サイモン・スピアのビジネスパートナー等からも出資を受け、結果として1500万ドルほどを初期の運用資金としてアクアマリン・ファンドを1997年に運用し始めます。

こうして、一度はどん底に追い込まれたガイ・スピアですが、バリュー投資への注力、さらには周りのサポートもあり、一人のバリュー投資家として歩み始めました。

最後に

今回は、オックスフォード→ハーバードというスーパーエリートの道を歩んだもののその後窮地に追い込まれたガイ・スピアが、バリュー投資に出会い再起を目指す、というところまでを取り扱いました。

個人的に印象的だと思ったことを箇条書きにすると、以下の3点になるかと思います。

  • 間違いから学ぶ
  • 自身の信用を傷つけることは避ける
  • 達人の考えを追体験などから身につける

次回は、バリュー投資家としてキャリアをリスタートさせたガイ・スピアが憧れの存在であるウォーレン・バフェットとのランチ会を通じて気づいた学びなどに触れたいと思います。

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コメント

  1. 新米米国株投資家 より:

    こんにちは、勝手ながらいつも参考にさせていただいております。
    ガイ・スピアの学歴が上部では「オックスフォード⇨ハーバード」ですが、
    下部では「ケンブリッジ⇨ハーバード」になっておりました。
    どちらが正しいでしょうか?
    粗探しみたいになって申し訳ございません。

    • こばいん より:

      コメントありがとうございます。
      ご指摘のとおりケンブリッジは誤りでしたので、オックスフォードに修正しました。
      混乱を招いて申し訳ございませんでした。
      細々とやっていますので、引き続きよろしくおねがいします。